ガレージキット
日本はプラスチックモデルが造形技術がある程度成熟してから流入したために中小模型メーカーの商品であってもインジェクションキットが一般的だが、欧米では大量生産では採算の取れないマイナーなアイテムをバキュームフォームキットとして製作、販売するメーカーが存在していた。高額な金型が必要になるインジェクションキット較べ、家庭用の掃除機でも製作可能なバキュームフォームは少数生産に向いた製法である。1960年代から70年代までのガレージキットはバキュームフォームや、ペーパークラフトをプラスチック板に転写したものが一般的だった。
模型市場が拡大してくると、大手模型メーカーにより生産、販売される商品に対する不満を感じたユーザーなどによって、個人製作のガレージキットが製作された。ここでいう不満とは、精密さ・再現度・表現力などの質的な面とラインナップの不足などの量的な面である。またそれには知名度や人気の低い作品への愛着やマニアから高い評価を受けたデザイナーのデザインの立体化など、ファンとしての心理が働くことも多い。当初は、バキュームフォームキットであり、大まかな形だけを成形したものが多く、精密さや再現度は組み立てるモデラーの技術に依存していた。また細かな部品はバキュームフォームでは成形できないためメタルキャストといった技術が使われており、完成させるにはかなりの技術を要した。ホビージャパン1979年8月号において歯科用レジンを用いて複製された1/35ロビー・ザ・ロボットが発表されたのが日本における個人の製作したガレージキットの走りと言われている。1980年代初頭にはゼネラルプロダクツ(現ガイナックス) が設立され、バキュームフォームとホワイトメタルのガレージキットを数多く販売している。シリコーンゴムとレジンによってより精密で丈夫な複製が可能であることが広まると、絶版キットの複製や破損、紛失パーツの複製が行なわれるようになった。と同時に改造したパーツの合成樹脂による複製が可能となり、模型誌に発表されるプロモデラーの作品の複製を欲する動きが出始めた。そのため日本におけるガレージキットは著名な原型師の作品の複製であるという認識も根強くある。
レジンは接着が難しいなどの難点はあったが表面のディテールや細かなモールドも再現可能であったため完全な自作の原型を樹脂で複製したガレージキットが登場するにいたった。これらは主にSF映画や特撮作品の怪獣やヒーローなどのキャラクター製作に用いられ、完成度の高さから急速に広まっていった。日本でも80年代中頃から模型誌によって複製技術が紹介され始め、土筆レジン(ニッシリ)のプラキャストなどの複製素材が販売されるようになった。特にブームによりパーツの改造が一般化したガンプラでは複製技術は渇望されるものとなった。バンダイはB-CLUBというブランドを立ち上げ改造パーツや映像媒体を持たないガンダムシリーズの立体作品をリリースし始める。同名の模型誌も創刊されガレージキットの知名度、認知度は高まっていった。

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